books★movie★diary
sherwood.exblog.jp
映画の感想日記
ライフログ
favorite CD
リンク
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2005年 12月 ( 1 )   > この月の画像一覧
ミーン・ストリート
『ミーン・ストリート』
Mean Streets
(1973年・アメリカ)

ニューヨークのリトル・イタリー地区。
チャーリーは、地域の顔役でもある叔父の事業の手伝いをしながら、悪友たちと、酒を飲み、浮かれ騒ぐ毎日を送っていた。
仲間内でも、特に、ジョニー・ボーイは、金にだらしがなく、時折、奇矯な行動に出ることから、変わり者だと思われていた。
そして、ジョニーが高利貸しのマイケルから借金をしていながらも、仕事にも行かず、遊び歩き、金を使ってしまうため、チャーリーが代わりに、返済を待ってもらうよう、間をとりなさなければならない状況だった。
信心深いチャーリーにとって、トラブルを引き起こすジョニーの面倒を見ることは、一種の贖罪だった。
自分が見捨ててしまえば、誰も、嫌われ者のジョニーのことなど気にかけたりしない。
だが、ある日、叔父から、お前にレストランの経営を任せよう、と言われたチャーリーは、同時に、ジョニーと付き合うことは好ましくない、と伝えられる。
叔父の意見が気になりつつも、その意向に反して、それまで通り、ジョニーとの付き合いを続けていたチャーリーだったが・・・。

チャーリーを若き日のハーベイ・カイテルが、そして、ジョニーを若き日のロバート・デ・ニーロが演じています。
監督は、マーティン・スコセッシ。
スコセッシ監督の原風景とも言うべき、リトル・イタリーを舞台に、イタリア系アメリカ人たちの、ファミリーの絆、信仰の強さ、そして、青春の荒々しさを持て余すように、無茶なことを繰り返し、破滅へと向かっていく若者を描いています。

これを見ていて感じたのは、狂気を演じることの出来る人間と、そうじゃない人間とがいるんだ、ということ。
まさに、ロバート・デ・ニーロ演じるジョニーは、狂気と紙一重の危うい人物で、いつも、ハラハラさせられて、次の瞬間、何をしでかすか分からない。
それを、こんなに自然体で演じていて、いかにも、アメリカの中でも、抑圧された労働者階級のイタリア系社会に、こういう人物がいても、全く不思議じゃないと思わせてくれる。

一方で、神を強く信じていながら、悪友たちと悪ふざけをしたり、一緒につるんで夜の街を闊歩するチャーリーは、常に、心の内では、贖罪を求めていて。
炎に指をかざし、その熱で焼かれることで、自分の罪をあがなおうとしている。
彼の中にある葛藤と信仰を、ハーベイ・カイテルが見事に演じています。
a0019299_228573.jpg
苛立ちと、衝動ばかりが湧き上がって、それを昇華させることも出来ず、暴力と酒に溺れる日々。
移民社会の、若者たちの、やり場のない生活が、くぐもった熱が、暗い画面の中に渦巻いている、そんな感じの映画でした。

もともと、これを見ようと思ったのも、『アクターズ・スタジオ・インタビュー』で、何度も、この映画のタイトルが出てきていたから。
スコセッシ監督の出世作であるだけでなく、初期から、ずっと一緒にスコセッシ監督の映画に出続けていたハーベイ・カイテルと、ロバート・デ・ニーロにとっても、素晴らしい演技を見せた映画だと聞いていたので。

決して、大きな起承転結のある映画じゃないのに、何故か、見続けてしまうのは、やはり、この二人の若いながらも、ずば抜けた演技力と、スコセッシ監督の力量なのかな、と。
60年代の音楽の使い方も斬新で、オープニングにかかる、派手な「Be My Baby」など、これを、ここでかけるか(><)みたいな。
雑多で猥雑な映画だけれど、当時の若者たちの、行き場の無さが、うまく描かれた大人の映画だと思います。
[PR]
by akiko_mama | 2005-12-11 22:09 | 映画